留学

【留学】アメリカ留学を経て価値観がガラリと変わった

2019年3月28日

「正しい生き方」は一つだと思っていた

アメリカに留学する前、
僕は自分なりに「ちゃんと生きている」と思っていました。

空気を読む。
周囲と足並みをそろえる。
出過ぎたことはしない。
評価されるより、嫌われないことを優先する。

それは日本で育った自分にとって、ごく自然な振る舞いで、
疑う余地のない正解でした。

でも、その前提は、アメリカに渡った瞬間から音を立てて崩れ始めました。


「遠慮」は美徳ではなかった

最初に衝撃を受けたのは、授業中の空気でした。

誰かが話す。
別の誰かが、すぐに異論をぶつける。
教授もそれを止めない。
むしろ「いいね、もっと続けよう」と場を広げていく。

日本なら「言いすぎ」「空気が悪くなる」と感じてしまいそうな場面でも、
そこでは意見の違い=価値として扱われていました。

僕は発言する前に、いつも一呼吸置いていました。

「これを言ったら変じゃないかな」
「英語が間違っていたらどうしよう」

その遠慮は、アメリカでは配慮ではなく、
単なる沈黙として受け取られていました。


発言しないと「いない人」になる

ある日、教授に名指しで聞かれました。

「君はどう思う?」

言葉に詰まっていると、
こう続けられました。

「考えていないのか?」
「それとも、興味がないのか?」

悪気はありません。
でも、その一言で理解しました。

黙ることは、相手を尊重する行為ではない。
存在を示さない行為なのだ
と。

この感覚の違いは、
僕の中にあった「普通」を根本から揺さぶりました。


「違う」は、否定じゃなかった

アメリカで印象的だったのは、
人々が驚くほどあっさり「違い」を受け入れることでした。

  • 意見が違っても、関係は壊れない

  • 失敗しても、人格は否定されない

  • 声が大きい人も、静かな人も、そのままでいい

誰かと違うことは、
浮くことでも、排除される理由でもありません。

ただの“違い”として、そこにある

この空気に触れたとき、
僕は初めて「生きやすさ」というものを実感しました。


「こうあるべき」から解放された瞬間

日本では、
無意識のうちに「こうあるべき」という基準を
自分にも他人にも当てはめていました。

  • 社会人ならこう

  • 大人ならこう

  • 男ならこう

  • 日本人ならこう

でもアメリカでは、
その“型”がほとんど存在しません。

ある人は自信満々で、
ある人は不器用で、
ある人は変わっていて、
それでも誰も矯正しようとしない。

正解は一つじゃない
その事実を、頭ではなく体で理解しました。


自分を説明してもいい、と思えた

留学生活の中で、
少しずつ変わったのは行動よりも“内側”でした。

  • 自分の意見を持っていい

  • うまく言えなくても話していい

  • 失敗しても、やり直せる

何より大きかったのは、
自分を説明することを怖がらなくなったこと。

「どう思われるか」より、
「自分はどう感じているか」を
大事にしてもいいと思えるようになりました。


価値観が変わると、世界の見え方が変わる

留学を経て、
僕の価値観は確かにガラリと変わりました。

でもそれは、
日本の価値観を否定したということではありません。

むしろ、

日本的な考え方も
アメリカ的な考え方も
どちらも選べる

という感覚を手に入れた、という方が近い。

一つの物差ししか持っていなかった頃より、
世界はずっと立体的に、やさしく見えるようになりました。


「変わったね」と言われるようになった理由

帰国後、
「変わったね」と言われることが増えました。

以前なら、
その言葉を少し怖く感じていたかもしれません。

でも今は、
こう思えます。

変わることは、悪いことじゃない。
世界を知った分だけ、選択肢が増えただけ

留学は、
語学や学歴以上に、
自分の立ち位置を教えてくれました。


最後に|環境が変わると、自分が見えてくる

アメリカ留学で得た一番の収穫は、
「価値観が変わったこと」そのものではありません。

価値観は、変えてもいいものだと知ったこと

もし今、

  • 生きづらさを感じている

  • 自分だけ浮いている気がする

  • 「普通」に合わせるのがしんどい

そう感じているなら、
それはあなたが間違っているからではありません。

ただ、
今いる場所の普通が合っていないだけ

環境が変われば、
評価軸も、正解も、驚くほど変わります。

アメリカ留学を経て、
僕はそれを身をもって知りました。

そして今は、
こう言えます。

価値観が変わったことで、
ようやく自分の人生を
自分の足で歩いている気がする。

 

【留学】アメリカ留学を経て価値観がガラリと変わった

こんにちは、今回は「アメリカ留学を経て価値観がガラリと変わった」というテーマでお伝えします。

これからアメリカ留学を考えている方のは、知っておきたいことが満載なので必見です!

アメリカ留学ですべきこととは?

日本でも外国人への接し方を学ぶことはできますが、多様な人種が共に住むアメリカでこそ外国人、他民族、他人種に対する理想的な接し方を学ぶことができました。留学した私自身がアメリカの現地の人にとっては外国人であり、私がされて嬉しいと思った対応を、日本に帰ってそのまま然るべき時にすれば良いということが分かりました。

アメリカでは肌や眼の色を個性として認めることは重要ですが、人格を判定するための手段、笑いを取るためのコンテンツとしては利用してはならない、それを行うと社会的な低評価を与えられると学びました。同じ理由で血液型で性格を診断することはアメリカでは愚かなことだとされており、私は23歳の時に現地でこれを初めて知って目から鱗が落ちました。これを知らなければ私はもっと愚かな状態で今この時を過ごしているところでした。

アメリカ留学で分かったことは「英語を聞くのではなく心の声を聞く」

留学するまで私は外国人が嫌いであり、外国人のたどたどしい日本語を聞くと腹が立つことが常でした。日本に住む外国人を見て「日本の子供は幼稚園に入園した段階で日本語をきちんと喋れるのに、外国人は日本人の子供を持つようになってもできない、孫が生まれたことになってもできない」と見下す面がありました。

しかしアメリカで私のつたない英語を必死で理解しようとしてくれる現地の人と接する中、私は自分の差別と無理解を恥じ、留学時代のある時1人でベッドの中で泣きました。

以来、私は相手のブロークンの日本語を聞いてどういう意味であるかを理解するように努めました。ブロークンを理解できるのは人間の脳ならではの利点であり、私は海外留学を経験して以来、ブロークンを理解できない人間はコンピューターの下位互換になってしまいかねないという考えを持っています。海外留学は人間としてコンピューターと差別化することを目指すきっかけを私に与えてくれました。

アメリカ留学で身につく力とは?

海外留学をすると、インターネットを利用するだけでは到底身に付かない知識、感性が身に付き、日本だけで過ごしていた時よりも他者に対する理解力が高まり、人間であることの意義を深めるきっかけにもなります。

最初は単純に、海外に対する憧れ、英語が話せたら出世に繋がるという希望的観測、日本で暮らすことで感じる閉塞感からの脱却という目的で留学しても構いません。しかし多くの人が海外留学の途中で人格修養の段階に目覚め、より深い国際理解へと向かいます。

人種、言語、法律、常識の違いはあれど、相手は同じ人間です。誠心誠意を示し、信念に基づくコミュニケーションを行えう限り、最後には分かり合える人にきっと出会うことができるでしょう。

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